| |
| |
| 2011年まではTOP OF TOKYO〜 「東京タワー」 |
|
|
A:「ねぇ 東京タワーって行ったことある?」
B:「ん〜・・。見たことあるけど実際ないね。行ったことは。」
A:「2011年に出来るんでしょ?新しいタワー。610メートルって言うの。」
B:「出来たら壊すのかな?今のうち行っておくか。」
A:「ところで、何のためにあるの?これ。」
B:「なんか電波飛ばしてんじゃない?多分。」
TOP OF TOKYOである。
自立鉄塔ではTOP OF WORLDである。
高さ333メートル。鉄骨4000トン。のビゲストタウアー。
時は昭和30年。
世界に誇るものが何もないこの時代に世界一の「物」を作ろうと計画が持ち上がった。
各放送局が次々に電波塔を建て始め、乱立状態。それを打開するため関東一円をカバーする「1本の電波塔」を造ろう!と一気に構想が動き始める。
「当時の最高峰「エッフェル塔324メートル」をもしのぐ物を造らなければ意味がない。
それが必ず実現できる。その自信と決意は京都の五重塔から与えられたといえる。」と創設者「前田久吉」は語ったそうだ。 |
|
| |
さて、今日は月曜日。晴天。
探検隊一同はお茶の水ホテル聚楽を前線基地にして月に1度の定例会。
行ってみようじゃぁーないの。東京タワー。
芝公園側から歩き出すと目の前に聳え立つその美しき稜線。
人生35年。車窓から幾度も垣間見てきたが、実際に行くのは初めてだ。
札幌生まれの私は大通り公園で何度もタワーを見ているがそのサイズ、美しさは全てを凌駕している。
タワーは今まで「赤い」ものと思っていたら実際は「オレンジ色」である。航空法で指定された色なのだそうだ。
平日だというのにタワーには見物客がわんさか集まってくる。日曜日などは長蛇の列なのだそうだ。
しかし券の買い方がわからない。150メートル展望台と250メートル展望台と料金が分かれており、いささか「?」である。とりあえず説明を受けた探検隊2号と「同じものください!」と大きな声で窓口に告げる。
|
まず150メートル部分までエレベーターで登る。最近リニューアルしたのかエレベーターは近代的で新しいものだ。
早速到着して目も前に広がる大都会TOKYOに感泣。
360度グルリと回ることが出来る展望台は見物客のため息の嵐だ。
まだまだ手ぬるいと、250メートル展望台までさらに上昇。
このエレベーターは先程とは別で、なんとなく昭和のにおいがする。ちょっと古め。
「途中、ガタン!となりますが心配しないでください」と係員が無責任発言。
実際途中でガタン! 気持ちいいものではないね。
|
|
| |
到着して驚いた。先程からタッタの100メートルの違いなのに
明らかに違うGOODビュー。 はるか彼方まで見渡すことが出来、しばしの優越感に浸る。
|
皆、自分の家があっちだこっちだと当てずっぽうに意見している中でやはりいた!有料で望遠鏡をのぞいている我が探検隊員が!
六本木ヒルズでも覗き見していると思いきやお茶の水ホテル聚楽の看板を見ているじゃないの!
ココには1人で見る望遠鏡と、このように電子式で皆で見ることが出来る望遠鏡があり
楽しませてくれる。 |
|
|
250メートルに別れを告げ足もとが透明な部分がある展望室に入る。
うぁぁあああ! 割れないと確信してもやはりコワイなぁ。
寝そべって写真を撮っているカップルが信じられない。
|
展望を満喫したら3階にあるいろいろな展示館に入ります。
一つ目は「不思議な散歩道」。
散歩するほどの距離ではないが「ホログラム」作品が
飾られている。見る角度によって立体画像が変化するアレである。
感動は
★★☆☆☆。
二つ目は「トリックアートギャラリー」。
いわゆる「ダマシ絵」である。
お子様とわいわい言いながらいろんな写真を撮ることが可能です。
大人はダマサレマセン。
お子様と御一緒なら
★★★★☆
三つ目は「蝋人形館」。
ん・・・・。似ているのと似ていない割合は「3:7」
実物の顔を知らない展示人形もあるので
★★☆☆☆
最後は「ギネスワールドレコードミュージアム」。
ココはなかなか面白いです。
各コーナー分けが出来ており、日本人部門だけでも楽しめます。
一番の印象は「世界一背の高い人物像」でした。なんと272センチ!
これだけでもいいので
★★★★☆ |
 |
 |
東京タワーを満喫すること約3時間。
かなり充実した施設であり、お子様も大人も楽しめるテーマパークである反面
命がけの作業を実行した功労者もいることを忘れてはならない。
目もくらむほどの現場作業は困難を極め約4000トンに及ぶ鉄骨の組上げは腕前日本一と謳われた飛び職人にゆだねられ、建築はトビ職人の意地と名誉によって
成し遂げられたといっても過言ではない。
さまざまな苦難と人生模様が交差する中で、熱い男たちのドラマが展開されたのだろう。
若手筆頭のトビ職人「桐生五郎」は回想録のなかで、こう語っている。
「燃えていた。早く一人前になって
いい給料もらって、嫁さんをもらうというのがあったからね。」
今の日本に必要な男なのかもしれない。
技術大国ニッポンに乾杯! |
|
(撮影日2006年12月) |